美緒、中学生日記







 外は雨。三日間連続の、雨。

 季節は梅雨。梅雨前線が北上中やら、なんたらこーたらで、週間天気予報の画像も傘マーク続き。
 折角の土日だっていうのに、あたしはリビングでだれるしかない。

「……たいくつ」

 口から漏れた呟きは、雨垂れの音色と重なった。
 柔らかなソファーに身体を沈ませる。だーれもいないし、どこへも行けない。


 雨の日は嫌い。

 外で遊ぼうにも、どこにも行けないし。
 見回りの猫たちが、挨拶に来ることもないし。
 何だか、空気が寂しそうに濡れるから、好きじゃない。
 猫は毛が濡れるのが嫌いだから、あたしも倣って、というのもあるかも。
 

 ……とにかく、雨の日は嫌い。


「……退屈」

 キッチンまで聞えるような大きさで喋る。そこには、あたし以外で今日、寮にいるアヤツがいるはずだから。
 でも、大きな人影の動く気配なし。


 一分。


 二分。



 三分……。



 まったく、気配なし。
 長雨でイラついていたあたしの理性は、それで切れた。……徹底交戦してやるのだ。


「こーすけ、退屈!!」

 大声で喚く。それでもリビングの人影は動かない。こーすけは可愛いあたしの言うことなんか聞けないのだろうか?

「たいくつ、たいくつ、たいくつ、たいくつ、たいくつ、たいく、フギャっ――――」

 早口でまくし立ててたら、舌、かんじゃった。ドロリとした液体が舌に絡み付いて、錆び付いた鉄の味が広がる。
 ……何だか、泣けてきちゃった。


 正真正銘の女の子になってから、あたしの心は自由にならない日ができた。
 腹部から来る鈍痛。愛や真雪から言わせると、あたしのは比較的、軽いらしいけど……。それでもやっぱり、気分が重くなる。
 嫌だな。こんなことなら女の子なんかに生まれてこなければ良かったのに。
 あたしは、口とお腹からの痛みでブルーデー。どうしようもないぐらいブルーになっていた。


「ったく……はいはい、何だい、美緒」

 叫び声と、そのあと急に静かになったからなのか。
 こーすけはエプロンの下のほうで手を拭きながら、あたしの方へやっと注意をむけてくれた。

 その苦笑が、どんなに憎らしいことか。
 全部、こーすけの所為。
 あたしの口の中がジンジンと痛むのも。腹部からシクシクとくる痛みも。


 ぜぇーーーーーんぶ、こーすけのせい!!


「口の中、きった」

 あたしのこえは、驚くほど可愛げなくリビングに響く。
 咥内が痛いから、って理由もあるんだけど……一番大きいのは、こーすけがあたしに構ってくれないから

 それこそ、ホントの子供だった頃からの付き合いだけど……やっぱり、こんなあたしのこと、嫌いだよね?


「きったのか? ほら、見せてみろ」

 そう言ってこーすけは、あたしの顔に手を伸ばす。
 ごつごつして、大きな手。


 あの掌で、頭を撫でてもらった。
 あの掌で、あたしの傷痕に薬を塗ってもらった。
 あの掌で、あたしの頬を叩いてくれたこともあった。


 あたしは憮然とした表情で、唇を開く。
 小口を空けた瞬間、あたしの胎内へと侵入してくる異物。
 長く無駄にデカくて、そのくせ器用な二本の人差し指が、あたしの唇をめいいっぱい、押し広げる。
 ……ちょっと、痛ひ。

「……アガッ、アガアァ、ガアガアァ、ガッ」
「何言ってるかわからんぞ、美緒?」

 こーすけは苦笑を浮かべながら、あたしの口から指を引き抜いた。
 あたしの唾液で濡れ光る指先に……ちょっとドキッとしたり。

「痛いよ、こーすけ。もちょっと、やさしく、やさしく〜」
「そりゃぁ、すまんこって……で、もう良いか?」

 いいえとも、否とも、やだとも、言う暇なく。もう一回突っ込まれて、押し広げられた。……勿論、指だよ?

「おッ、はっけ〜ん…………うわぁっ、奇麗にきれてるなぁ」
「アガガッ、アガ、アガ」

 そういう怖いこと言うな。
 そう抗議したかったんだけれど、意味の取れる音にならなかった。

「はいはい、ちょっと待ってって……ほーら、塗り塗り」
「アガッ―――――――」

 でも、こーすけには伝わっていたみたい。
 ささっと薬を患部にやさしくすり込んでいく。



「これでよし、っと。……舐めるなよ?」
「……ありがと」

 あたしはそっぽを向いて、こーすけの言葉に答えた。
 理解わかってる。
 全部、ぜぇぇんぶ。あたしがむきになった所為。

 バカやっちゃった結果なんだって。こーすけはちっとも悪くないんだって。
 
 理解わかってるんだ。……でも、ね? 
 オトメゴコロは微妙なのだ。


「……まだ、痛いよぉ」

 こねこが親猫に甘えるような猫なで声を出す、あたしの喉。
 きっと、こーすけは理解ってくれる。痛み、想い、切なさ……あたしの、今一番、欲しいものが何か。
 理解ってくれる。

「……俺はまだ、仕事があるんだけど?」
「かまえ」
「……命令形ですか」

 たはは……と、こーすけは苦笑い。
 でも、けっしてリビングに戻ろうとはしない。

「ったく。しょうがないな……少しだけだぞ?」
「ヤッタァ――――!!」

 こーすけの承諾をもらって、あたしはいそいそと準備を始める。
 ゲーム機、トランプ、後は何が良いかな……?


「オイオイ、そんなに相手してられないって……」

 こーすけの言葉も何のその。
 お腹の鈍痛も、雨音も、気にならなくなったあたしは、笑顔で答えるんだ。


「じょぶ、じょぶ。さいごまで、ちゃーんと付き合ってもらうからね、こーすけ」

 








 一番、お父さんに近い人。
 それが、こーすけ。


 望とゆっこの次くらいに大切なしんゆー。
 それが、こーすけ。


 あたしの大切な家族の一人。
 それが、こーすけ。

 
 どんなにわがまま言っても、どんなに意地悪しても、最期はきっとあたしの味方。
 それが、こーすけ。


 そして、あたしの初恋の人。
 それは、こーすけ。












 後書き
 
 舌の根も乾かぬうちに、短編。まぁ、書きたくなったから仕方がないか、と思いつつ。
 初めましての方は、初めまして。名前を見たことはあるの方は、ありがとうございます。真那矢です。
 
 文章量を落として、気楽に書いたんですが……どうでしょうか?
 自分でも、この量というのは初めてのことなので、些か不安がよぎります。
 私的には短編というよりも、なんだろう? 超短編とか、極短編が似合うような気がするのですが……。 

 で、まぁ、主役は美緒。不思議な娘です。
 とらハシリーズ中、獣娘のなかで、一番正体がはっきりしない娘でもありますね。
 尻尾が二本あるから、やっぱり猫○なのかな……?

 最初に思ったのが、リリちゃ箱の美緒と2の美緒の差異です。
 美緒は、一番、成長したキャラだな、と感じたのです。
 原因があり結果がある……というわけで、リリちゃ箱と2の間の美緒を書くことにしたのです。

 楽しんでいただけければ幸い。感想等もお持ちしています。
 ではでは。(03,11,09)
  

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