私は今、自室で今回の事件を書き起こしている。一人だ。客観的な事実に基づき、書き連ねていくためには、内面に篭もりながら記すのが一番。勿論、記憶違いによる誤記など許されない。私が記すのは、一片の真実であり、一面の事実でなければならないからだ。
 無論、私の記憶も正確無比と言うわけには行かないから。事実を断片的に記したお手製のメモ帳が、たった一人っきりの、しかし信を置ける友人。

 その事件の発端といえば、いささか判断に困るところだ。果たして美少女メイ探偵が捜査という名の快挙に走った時か。または、怪しい紙箱が薔薇の館内サロンに置かれた時か。はたまた、リリアンの中でも変り種と評判の人間が、薔薇さまに選ばれた時か。
 事件が起こる事は、発端以前から運命付けられていた。等という運命論者の世迷言を信じている諸氏は少ないだろう。たしかに事件の裏には、起こり得るだけの要因が存在する。これは人間であるからして当然のこと。理由がなければ、常識に縛られた現代人に法を犯すだけの度胸はない。

 昨今、発作的という所業も耳にするが、ナンセンスとしか言いようがない。犯行の裏に抜き差しならぬ状況、どうしようもない悲哀が、隠されているからこそ。事件は、大衆の目を惹きつけて止まないのだ。突発的な凶行を事件と呼ぶには、私の美意識が邪魔をする。


 さて。では語ろうか。薔薇の館で起こった、恐るべき事件を。後一歩のところで迷宮入りかと思われた事件の顛末を。そして、颯爽と登場した美少女メイ探偵の活躍を。



「由乃ぉ。ご飯だってぇ――」
「今行く」





 
メイ探偵由乃 事件FAIL

〜可憐な美少女は見た!! シックな洋館に謎の紙箱。事件は薔薇の館で起きた、紙箱に隠された少女の願いとは〜






 天気は上々。雲ひとつなくとは行かなくても。視界の大半を青空が占めていれば、気分も昂揚する。最近、薔薇の館に仲間入りした祐巳は、由乃と連れ立って薔薇の館へと向う途中だった。島津由乃。見た目可憐な静少女。中身はご存知の通り青色信号と書いてイケイケ。薔薇の館では、白薔薇さまこと聖さまについでトラブルメーカーとして異名をとどろかせている少女である。それを言えば、薔薇の館メンバーの大半が一流のトラブルメーカーとして通用するであろうが。

「ねぇ、由乃さん。令さまは?」
「令ちゃんなら、ホラあそこ」

 差し出された指の方向に、一人の女性。ベリーショートの色素の薄い髪。眉目秀麗、美少年でも通用しそうな中世的な容姿。令ちゃんこと黄薔薇の蕾である。

「手術終えたばっかりだからって、迎えにまで来るのよ?」

 呆れ気味な声だったけれども、祐巳にはその奥にある嬉しさを敏感に嗅ぎ取っていた。彼女にしてみれば、お姉さまが迎えに来てくれることが、羨ましい。ものすごくうらやましい。

「由乃! ……と祐巳ちゃん、ごきげんよう」

 飼い主を見つけた忠犬よろしく、令の瞳が輝いた。これでは術後という名目を利用して、合法的に会いに来ているのと変わらないのではないか。そんな疑念が過ぎっても仕方がないことだろう。

「ごきげんよう、お姉さま」
「令さま。ごきげんよう」

 ついでのように付け加えられた事を、祐巳は指摘しなかった。一々、気にしていては限りがない。新婚姉妹スールみたいにベタベタしない、と。令は揶揄したが、術後の黄薔薇姉妹の方が、よっぽどだった。



 三人連れ立って歩く。行き先は当然のごとく、薔薇の館。真中に由乃、左右に祐巳、令と続く。枷がなくなった由乃。今までの鬱憤を晴らすかのように。会話が途切れる暇がない。喜怒哀楽、感情表現豊かな由乃のお喋りは、只聞いているだけでも楽しい。両脇の二人は、驚きつつ、微笑を浮かべつつ、聞き手に勤しんでいた。
 人の縁は時として、異なるもの。あの時、薔薇の館へ足を運んでいなければ。タイを直してもらわなければ。こんなやさしい日常も、なかっただろう。漠然と思う。
 由乃や志摩子、薔薇の館メンバーと会話する事すらなかったのではないか。チラリと横目で二人を見やる。可憐な由乃に美少年な令。絵画から切り取ったように、決まっている。翻って、祐巳はどうだろう。良くいって、普通。控えめにいって、平凡。山百合会メンバーに比肩しえるとは、自惚れにも思えない。苦悩で構成された溜息も出てくるというもの。


「どうしたの、祐巳さん」
「ううん、何でもないよ、由乃さん」
 
 漆黒の瞳が祐巳を覗き込んでいた。茶目勝ちな瞳からも、心配げに視線が届けられている。そんな瞳で見られたら、虚勢を張るしかないではないか。
 
「それより! 今日は何でしたっけ!!」

 急に大声をだした祐巳をいぶかしんだものの、二人は話の展開に付き合う。薔薇の館につく頃には、今日の予定をしっかと頭に叩き込んだ祐巳だった。






 年月を経た扉は、それだけ排他的に写る。扉は内と外を別け隔てているのだから、それも正しい在りかたなのだろう。ただ、薔薇さま方が願うような未来を拒絶しているのも、またこの建物なのだ。
 気軽に入ってもいいわよ、と。言われた所で、気後れするに決まっている。祐巳だって、そうだ。ビスケット扉の向こうに、アコガレの人たちが居ると知っていても。扉を前にするだけで、逃げ出したくなるだろう。かつてのように。
 気にしなくなったのは、慣れたから。慣れって凄い。


 パタンとその印象に反して、ドアは軽い音と共に開け放たれた。室内は一見して、ガランドウという印象を与える。物が少ないのだ。まず目に入るのが、大きなテーブル。真中に、生花の黄色い花弁が活けられた花瓶がひとつ。ロサ・フェティダかな、なんて最近、憶えた薔薇の名称を、祐巳は心中で挙げた。

「私たちが一番みたいだね」

 無人の室内を見渡して、いつもの席に鞄を置く。由乃はその隣。当然のように腰を落ち着ける。常に誰かが率先して行動してくれるから。祐巳も違和感を感じている暇がないのかもしれない。

「お茶、淹れるね」
「あッ、私が!」
「イイよ。祐巳ちゃんは座ってて」
「そんな……」

 押し問答している間に、令は奥へと進んでいた。突き出された手が行き場を失う。見るも無残な格好の彼女を見かねてか。可愛らしく席に座ってぼんやり室内を見渡していた由乃がフォローに入る。

「気にする事ないわ。令ちゃん、好きでやっているんだもの」
「好きでッ、て言っても……」
「あれはもう、病気の類ね。世話を焼かないと、落ち着かないのよ。染み付いた習慣にしても度がすぎるわ」
「あ、あはは」

 冷汗が零れ落ちた。当事者から言われる令のお節介っぷりに。由乃の歯に衣着せぬ物言いに。

「それよりも、祐巳さん、気付いていて?」
「何を?」

 今まで真直ぐテーブルを見つめていた視線が祐巳に向けられる。瞳が、いつになく真剣な輝きを発していた。黄薔薇革命以来の、かもしれない。何が何だか判らない祐巳は、馬鹿のように聞き返すことしかできなかった。

「祐巳ちゃんはミルクたっぷりのコーヒーで良かった?」
「あっ、は、はい」

 ほのぼのと。場の雰囲気も知らず、問うた。祐巳でさえも、薮蛇なんじゃないか、と思う態度。判ってやっていたのだとしたら、黄薔薇のつぼみは皆が思うよりもずっと。大物なのかもしれない。

「令ちゃん。邪魔しないで」

 深く静かに、由乃は怒っていた。彼女の怒りは烈火怒涛のごとく。その前兆は嵐の前、水面の静けさのごとし。祐巳は、来るべき衝撃に備えた。具体的には、心構えをするのみだったが。何しろ、目に見えるような動作を行えば、由乃大明神の怒りは、もっと苛烈になるのだから。
 自然の猛威に卑小な人間の身では、太刀打ちできないのだ。

「で、でもさ」
「令ちゃんは黙ってて!!」

 一喝。彼女の前世は、前時代の雷オヤジだろうか。

「これ、この紙箱」
「紙箱?」

 果たして。テーブルの上に目線をやると、いつもと違う物体が鎮座ましていた。横5cm前後、縦8cm前後の縦長サイズ。丁度、名刺を縦にしたような感じだ。厚みはその比ではないが。真直ぐな朱のラインと銀の線で彩られたシックなデザイン。汚れから守るように、透明なビニールの包装に包まれていた。

「紙箱だね」

 その小箱を何というか。祐巳には察しがつかなかった。目にした事はあるものの、それは彼女の父が愛用しているものであり、記憶に残るようなインパクトのあるモノでもない。デザインがまったく異なっていたのも、理由の一つだろう。何より、淑女、お嬢さまの集うリリアンにそんな物があるなんて、夢にも思っていなかったから。真っ先に選択肢から除外されていた。

「もっと正確に評するならば、ボックスタイプの煙草、そう言うべきだわ」
「へ?」

 耳に入った言葉は、まるで不定形のようにあやふやで。祐巳は咄嗟に、その意味を理解できなかった。子供ではないから知識としてだけ、知ってはいる。お酒と並ぶ、大人の味。法律的に未成年の身には禁止されているもの。

「え、え、え―――ハぷッぅ!?」
「シッ、声が大きいわ」

 叫んだら、上から唇を押さえつけられた。叫んだ時、すなわち息を吐いた瞬間。タイミングを見計らって、呼吸器の塞がれたらば、どうなるか。


 Answer、呼吸困難に陥る。


「由乃、やばいってそれ!!」
「ぁ……あ―――――ゆみさん、ねぇ、大丈夫!?」





「さて、問題は……これよね」

 疑惑の紙箱を指差して、ポーズをとる由乃。そんな彼女に、背後から祐巳の視線が突き刺さる。微妙に三白眼気味。恨みがましく涙目になっている辺り。写真部のエースがいれば、グッドショットと言って憚らないだろう。
 流石の由乃も、これには冷や汗を垂すしかない。

「も、問題は?」

 ジト目の祐巳に変わり、探偵の助手役を務めるのは令。従妹の遊びに付き合うというよりも、居心地の悪い空間を感じたくない。そんな思惑が透けて見えるが。

「煙草の箱がサロンに置かれていた。これは由々しき事態よ」
「……そうか。私たちが見つけたから良かったけれど、シスターが見つけたりしたら」
「そう、大騒ぎに発展しかねない」

 由乃の一言が、場の雰囲気を一気に変えた。あと少しまで伸びていた破滅の足跡。ことの重大さに気付いていなかった祐巳は、顔から血の気を引かせた。わなわなと震える唇を動かし、湧きでた一番の疑問を口にする。

「誰が、こんな悪戯を?」
「……容疑者は、現時点でかなり絞られるわ。まず、薔薇の館関係者以外とは、考えにくい」
「どうして?」
「一般の生徒は、薔薇の館に入ることすら度胸がいるもの。それに怪しまれずに、なんて事実上不可能だわ」

 まるで、シャーロック・ホームズとワトスンの問答みたい。そんな感慨を令は覚えた。彼女の妹は、チェックの膝掛けを肩から羽織り、ベーカー街に住む名探偵の姿を気取っていた。きっと、ハンチング帽とパイプがないことを残念がっているだろう。長い付き合いの従妹のことだ。手にとるように理解できた。

「同じく、教職員も考えにくい」
「どうして?」

 由乃の回転の速さに、ついていけない。オウムのようだった。どうして。その言葉しか覚えていない、繰り返すしか出来ない売り物のオウム。まるで自分がその言葉以外忘れてしまったように、祐巳は感じていた。

「だって、悪戯ならこんな手の込んだことする必要ないじゃない。只でさえ、リリアンは禁欲を重んじる聖職者が多いのよ? 考える方が無謀というものだわ」
「でも、でも、忘れていったって言う可能性も否定できないんじゃ!」

 シスター達を庇うというよりは、むしろ。残される選択肢が、忌避すべきもののような気がして。祐巳は必死に噛み付く。由乃は、降って涌いた事件に瞳輝かせながら、見た目冷静に。その実、玩具を買ってもらった幼子の情熱もかくや。
 混沌、騒動こそ彼女の魅力を最も引き出す、のかもしれない。

「思い出して、祐巳さん。煙草の箱は何処に置かれていたかしら?」
「どこって……テーブルの中央に」

 思い出す。疑惑の紙箱はテーブルの中央、黄色の薔薇の脇にポツネンと放置してあった。

「そう、そうよ。テーブルの中央なんて手の届きにくい場所に置かれていたわ。何かの拍子に置く必要があった、放置したこと事態忘れたのであれば……そうね。手の届きやすいテーブルの端に、忘れるんじゃないかしら? わざわざ身を乗り出さないと届かない場所に、なんて。ナンセンスだわ」

 決まりきった理論を押し並べるように、言葉を紡いでいく。確かに、さもあらん。素人目からも、由乃の推理は巧妙だ。一本筋が通っていて、容易に消化できる。名探偵や傍観者に、素人玄人を分ける明確なラインが存在すれば、の話だが。

「つまり、犯人は意図的に置き忘れた。そして、薔薇の館に入っても怪しまれない人間の可能性が高い、というわけ」
「……つまるところ。山百合会の面々が行った、そういうわけね」
「そう考えるのが妥当だわ」

 身内を疑え、なんて。推理小説でよく出てくる言葉。それを当てはめる事態が起こるなどと、三人が三人とも夢にも思わなかったに違いない。見事な推理を果たした由乃にしても、そう。冷静に対応していた令にしても、そう。いわんや、平凡な一般市民を絵に描いたような祐巳を。
 気まずい空気が流れる。真実ではない。事実でもない。推理という名の想像でしかない。だが、彼女らは目線を合わせようとしなかった。



「実は、ね。容疑者の目星は、もう付いてるの」

 ポツリと呟かれた言葉。自信満々な先ほどまでの口調と違い、慎重に言葉を選んでいるかのよう。

「悪戯ってキーワードが出た時点で、気付くべきだったわ」

 自嘲するように、構築した推理を検証していく。綻びは見当たらない。もう一人の主役がいないとはいえ、観客は存在する。舞台は整ったと断言してもいいだろう。むしろ、大騒ぎにならない現在の方が、推理ショーとしては最適かもしれない。

「悪質なビックリ箱みたいな犯行。私たちは、よく知っているはずよ。山百合会の中でも、面白さという観点を基準に置く人物の事を。あの人の仕業だとすれば……全てのピースが収まる。わざと煙草を目立つところに置いたのも。その動機も」
「じゃぁ、犯人は……?」

 思わず息を飲み、詰め寄る祐巳。小市民的な、野次馬な根性が遺憾なく発揮されていた。

「そう……黄薔薇さまロサ・フェティダよ!!」

 メイ探偵の推理がクライマックスを迎えた。





 バタンと。扉が叩きつけるように開かれた。姿を見せたのは、白薔薇の称号を持つその人。姓は平凡。名は聖者に冠される敬称。彫りの深いエキゾチックな顔立ち。破天荒な性格は、常識という文字を載せなかった辞書のよう。皆に愛されるムードメイカー、砂糖のように女の子には甘いと評判の、佐藤聖だ。

「あれ、何やってんの、三人で」

 入るなり難しい顔をしていた三人に話し掛ける。組み合わせは不思議でないとはいえ、眉間に皺寄せ静止しているさまは、はっきり言って疑問符を浮かべるに充分条件だろう。

「白薔薇さま……」
「なーに? 皆、暗い顔しちゃってさ。カワイイ顔が台無しだよ?」

 祐巳の顔が曇る。予測とはいえ結論は出た。しかし、伝えるとなると躊躇いが生まれる。反対に、聖の顔は晴れやか。誰が信じるだろうか。彼女が少し前までは、ナイーブ過ぎるほどだったことを。

「ごきげんよう、白薔薇さま。お茶はいかがですか?」
「白薔薇さま、ごきげんよう。何でもありませんわ」

 畳み掛けるように、黄薔薇姉妹が口々に喋り続ける。言葉尻から、オホホの音が聞こえてきそうだった。非常に怪しいのだが、その辺り、当人たちも気付いているかどうか。

「……? なら、もらおうかな」

 そこはそれ、大物の白薔薇さま。多少怪しかろうが、薔薇の館では良くある光景。一度、小首を傾げたものの、既に意識は令のきめ細やかな気配りが届いたお茶へと移っていた。単純なのではない。彼女の大物たる由縁なのだ。
 返答を聞いて、下級生達はすぐさま行動に移る。なんてことはない。具体的に給湯設備へと向っただけだが。誤魔化しきれないと悟っていたのかもしれない。今代の薔薇さま方相手に、隠し事をするのは生半可なことではなかったから。

 さて、三人は致命的なミスを犯していた。誤魔化す事に専念していて、迂闊といえば迂闊。ただ、一概に攻められるというものでもない。別の方向に意識を向けていた時に、反対側に意識をやるというのは難しい。ど忘れという言葉もあるくらいなのだから。

「お、懐かしい。一本貰うよ」

 ビニル樹脂の包装を破る音。聞こえていなかった訳ではない。安堵の念が強すぎて、そこまで意識が回らなかっただけのこと。



「お待たせしました、白薔薇さ……あーーー!?」

 祐巳はその光景を見た瞬間。驚き、叫んだ。手元に持ったお盆を落とさなかったのは、僥倖という他ない。彼女にしてみれば、そのくらい衝撃的な光景だった。机には、燃えないゴミと貸したビニールの包装の残骸と、今しがた開封された紙箱が。
 白薔薇さまの口もとに、騒動の種を咥えられている。根元から三分の一ほどがブラウン、三分の二ほどが白色に分たれたシンプルなデザイン。煙草の形状に良く似ていた。祐巳には、紙煙草そのものしか見えなかった。

「何よ、祐巳ちゃん。大声出して」

 至近距離で大声を聞かされた聖は、耳を抑えている。ハウリングを数倍に強化した音に、未だに鼓膜が震えていた。註する言葉にも険が混じっても仕方のないことだろう。頭ごなしに叱りつけられても、しょうがない醜態でもあったのだから。
 祐巳のしでかした事。それは快挙とも呼べる。何事にも動じない、器の大きな白薔薇さま。その茶目を、白黒させるという偉業に成功した祐巳だった。本人、驚きが強すぎてそれどころじゃなかったが。

「たば、たば、たば……」
「たばたこぼ?」

 一時期はアニメ化までされた有名人。それは某新聞の片隅を彩る少年の事でしょうが、と祐巳が突っ込んだのかどうか、定かでない。軽そうに見えて、世俗の変化に敏感な社会派のようだった、聖は。昨今の似非社会派のようにTV欄と四コマ、それにスポーツ欄しか見ない。そんな可能性が、真っ向から否定されたわけでもないのだが。

「違います!! ……あの。それって煙草、ですよね?」
「あぁ、これ? そうでもあるし、そうでないとも云えるね」

 的を射たようで、見当違いの方向へ飛んだ返答。白薔薇さまの性格を大いに表していた。

「違うんですか?」
「んー、祐巳ちゃんが知らないって事に。私としては興味があるんだけど……本当に知らないの?」

 疑問で返された。真剣な瞳のまま、祐巳は首を縦に動かした。

「これね。チョコレートなんだよ。この包装をむくと、ホラ」

 棒状の物体を、鼻先へと突きつけた。色は焦茶。どこか懐かしい甘い香りが鼻腔をくすぐる。匂いに誘われたかのように、祐巳はパクリ。口の中に納めた。

「……甘い」
「でしょう? これ一時期、すっごい流行ったんだよね」

 甘ったるい味が舌に届き、芳醇な芳香が鼻腔へと抜けていく。どこか、懐かしい甘さだった。



「……知ってた、由乃?」
「知ってたら、あんなに騒ぐわけないじゃない」

 後で由乃さんが苦々しげに喋っていた。メイ探偵は、所詮自称でしかなく。誤認推理に陥るところを、証人聖が救った。天気は晴れ。暴走する前に、キチンと事実確認を行った方が吉。そういうことだった。





 時刻は少しさかのぼる。薔薇の館。祐巳、由乃、令の三人が来る少し前の時間帯。実は先客がいた。紅薔薇姉妹。紅薔薇さまこと蓉子と、紅薔薇の蕾こと祥子の二人。彼女らは、メンバーが揃うまでの暇を、雑談で潰していた。姉妹仲は大変宜しいようで、結構。
 リリアンの姉妹制度。姉妹によってその形態は千差万別。紅薔薇姉妹も、他のスールとは一風変わった装いで。姉が見守り、妹が甘えるという形こそ残ってはいたが、その実。意地悪でもあり、やさしさでもあり、その表し方は複雑であった。
 この日はいつもと違い。蓉子が掌の中で、紙で作られた小箱を転がし、それを不思議そうに祥子が見守っていた。

「あら、お姉さま、それは……?」
「これ? うふふ、やっぱり祥子は知らないのね」

 楽しげに笑顔。思わず、祥子も微笑みが零れそうになるけれども。そこはそれ、意地っ張りな彼女のこと。無知を指摘されるような物言いは、例えお姉さまだとしても面白くない。

「……まったく。一々、そんなむくれないの」
「むくれてなどいませんわ」

 プイと小顔を逸らして、喋る。どれだけ贔屓目に見ても拗ねているようにしか見えなかった。そんな意地っ張りな部分が、蓉子にとっては、可愛らしいと感じる特徴の一つ。意地っ張りの見え張りでないと、本物の祥子じゃない。

「知らないというのは決して、恥じゃないわ。無知をそのままにする方がよっぽど、だもの」

 苦笑を浮かべながら、諭す。蓉子自身、この時点で忠告を素直に受け入れるような、妹なら苦労はしていなかった。 

「……笑いの種にされるのは、ゴメンですもの」
「そうね」

 甘えた響きで、口を尖らせた眉目秀麗な妹が、いとおしかった。結局は、彼女も姉馬鹿の一人だったりするのだ。

「これは、ね。茶目っ気なチョコレートなのよ」

 ビニル樹脂の包装を破り、一本抜き出して、妹の唇へと差し込む。目を白黒させる妹が大変、可愛らしい。

「シガレットチョコっていってね。わざわざパッケージも煙草に似せているのよ」
「……何故、そんなことを?」
「さぁ? インパクトを狙ったとか、理由は色々と付けられるのだろうけど」

 包装紙を破って、自身の唇に焦茶色のチョコを放り込む。懐かしい甘さと匂いが口いっぱい広がった。

「遊び心よ」

 紅薔薇さまのウィンクは、大層決まっていた。










 
END


(040627)

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