→route40 BADLUCK,BADEND










 それは蟲毒の檻だった。周囲は全き闇に覆われ、視界は閉ざされている。が、五感は這いよる他者の存在をひっきりなしに知らしめる。喰い散らかされた骸の残骸が、死臭を感じさせていた。温もりのない気配のみの存在は在るだけで悪寒を誘う。少女はそんな闇の中を堕ち続けていた。否、光が存在しない空間では、落ちるという感覚すら道標に相応しくない。漂っているのか、昇っているのか、落ちているのか。平行感覚すら当てになるものではない。見えないけれどたしかに感じる他者の息吹、それだけが自分という存在を繋ぎ止める唯一の手段だった。

 闇が彼女の理性を剥ぎ取ろうとする。闇は闇、実体を持たず意思をも持たない。だというのに、そこかしこから感じる嘲笑めいた扇動は、どうだ。悪意を持って、悪意で持って彼女を襲う、追い詰める。恐怖に叫ぶ事はしない。泣く事は、道を選んだ時から選択肢から排斥されている。ただ、漠然とした無常観が存在するのみ。


 結局、こういう結末なわけね……。


 疲労と挫折が彼女の唇を歪めた。遠坂の魔術師として行動すると決めていた。誅する手段をもって決意も固めた筈だ。それなのに。最後の最後で結局、少女は魔術師であることを止めた。敵となった妹を誅することもできず、姉として振舞うことすら出来なかった、なんて中途半端な自分。


 その結果が、これだ。

 聖杯に犯された彼女の妹は、既に理性を失っていた。否、ここまで持っていた事実こそ奇跡めいていたのかもしれない。姉と妹は相対した、そして。非情な魔術師に成りきれなかった彼女は、妹から伸びた影に飲まれた。それが現実。
 後悔は山ほどあった、救えなかったその事実だけで充分お釣りがくるほどに。だが、この期に及んで冷静な魔術師としての彼女は忠言する。出来ることは既にない、諦めろと。腹立たしい事この上なかったが、それは真実の一端だった。光源はなく、視界全てが闇に覆われている。逃れる手段など、彼女の明晰な頭脳をもってしても見つけられなかった。

 第一、この場が何なのか、すら彼女には判別がつかないのだ。推定することなら出来る。おそらくは胎内世界。一である世界と相反しながら、生まれ出でられた偽りの空間。魔術分類で言えば、禁忌の一、固有結界に相当するのではないか。
 無論、事この状況に置いて分析が如何程の役に立つか。たかが知れていたが。

 いまだ物理的接触は為されていないのは、幸か不幸か。腹部に負ったはずの傷が見当たらないのは僥倖だろうが。寒々しい闇に包まれている、その事実だけで正気を失いそうだった。狂わずにすんでいるのは一重に魔術師として研鑚を積んでいた、からであろう。





 ゾロリと暗中の気配が動く。多者無数の光なき眼が、彼女の肢体に注がれる。

「っっッ!」

 その死者の群れを思わせる瞳に気圧された。生理的な嫌悪に皮膚が粟立つ。それは純粋な恐怖だった。感情の赴くまま、少女は動き出す。心臓にナイフを入れるような、痛みを伴なったイメージが魔術回路に火を入れる。ついで、素早く魔術刻印に式を走らせる。

Fixierung狙え,EileSalve一斉射撃――――!」

 確かな手応えと共に大型拳銃弾のようなガンドが連続射出……される筈だった。

「……何で?」

 何も起きない、起こらない。その現実に少女は呆ける。魔術師として、あるまじき行動。無理もあるまい。世界の裏側に存在する理。今まで無造作に、自由に使用できたそれらが自分を裏切った。その痛苦、凡人には計り知れない。
 
 闇が闇の中から這い出てくる。それは拭いきれない矛盾。闇にカタチはなく、ただ存在するのみ。闇が意思をもち、行動するなど考えられない。常識が、彼女のいる世界では覆されていた。

Gros zwei強化―――」

 望んだ結果が現れないと理解して、数瞬。彼女は思考を切り替え、魔力回路に燃料となる魔力を注入。形の良い唇から世界を変革するオリジナルスペルが紡ぎだされる。魔力が、すらりと長い御脚に集中、定着……したのも束の間。闇色の地面に吸い込まれ、奪われた。

「……チッ」

 舌打ち一つ。少女は振り返り、駆け出す。
 大地を蹴る二足。変わらない景色に苛つきながらも、足を止めることはしない。あの背筋を走った悪寒。それを信じるが故に。撤退という選択肢しか残されなかったことにも、激昂しそうになる。やられたらやり返す、先手必勝という類の言葉を少女は好むが故に。





 何処からか、嗤い声が聞こえる。童女の、愉しそうな笑い声。それは闇から這い出て反響木霊し、多重ステレオとなって影の世界あらゆる場所に響き渡る。疾走る彼女の耳元にすら容易に届く。

「無駄ですよ、姉さん。ここはわたしの世界なんですから。魔術なんて使えません」
「桜!」

 それは絶対者の声だった。断罪する裁判官か、絶対権力をもつ女王か、はたまた異端を弾劾する神官か。何にしろ、絶対者の声だった。贋物でありながら、本物を打倒するまでに到った聖杯、その宿木の声だった。

「この世界にご招待したのはデスネ、他でもありませんよ? 姉さんも、私と同じになってもらおうと想いまして」
「……同じ?」

 口調が定まらない。狂気と理性。狂気が勝っているのは明白だが、様々なオモイが入り混じっているからだろう。それでも共通する一点。純粋無垢を感じさせる愉しげな口調。狂った思考は純粋さと紙一重なのだと、強制的に理解させられる。

「蟲の玩具に」

 人形を愛でるような残酷な声。それだけで少女は理解した。彼女の妹は、もう抜き差しならぬ領域へと二の足を踏み入れたことを。





 変化は唐突に現れた。言葉が切れると同時に足元の闇が広がる。それはまるで羽根を広げた蝿の群れのように、少女を包み込む。抵抗する隙などなかった。言い分を信じるならば、ここは妹の胎内世界。存在する全てが少女の敵。歪んでいるとはいえ世界を相手に、抵抗する術など持ち合わせていなかった。

「クッ」

 ココまで気味の悪い闇が存在しうるだろうか。白い柔肌をおぞましく這い回る闇。実体がないはずなのに、ソレはたしかな感触を伝える。闇色の蟲に貪られ、溶かされ、蹂躙される。ホラー映画としては二流の演出。だが実際に経験するとなると、二流だろうが三流だろうが関係はない。ただ、気持ち悪い。

「大丈夫ですよ、姉さん。ちゃんと気持ちよくして差し上げますから」

 クスクスと心底愉しげな嗤い声。言いたいことを言い終えると闇が動いた。闇色のシーツが騒めき、漆黒の触手が生まれ出でる。少女の四肢は黒影の触手によって縛り付けられた。その様、まるで束縛されたビスクドール。
 少女はツインテールを振って虚空を睨む。焦げだすかと思うほど強く見すえる。それは強靭な意志の現れだった。膝を屈しない決意の現れ。




 見えない。自身の爪先はおろか、胸すら見えない闇の塊。囚われの凛々しき魔術師メイガス
 咥内に差し込まれる異物の感触。気遣いとは無縁といわんばかりに、喉奥まで貫き穿つ。生理的な反応によって眦が熱くなり、視界が歪む。咥内の粘膜をこそげとる勢いで差し込まれる異物は、それだけで吐き気をもたらした。

「む、ぐぅう――――」
「慣れないと、お口は大変ですから……キチンとお勉強しなきゃ」

 えづいた少女を諭すように語りかけてくる。その悟った口調が少女の癇に障る。瞳から力は失われていない。少女を突き動かすもの。ソレは憎しみではなく、魔術師としての誇りでもなく、方向性の定まらない怒りだった。ナニが、ナニを、桜が、私を。
 無造作な怒りが、その不可解さが。彼女に屈する事を取らせない。
 
 唾液混じりの呼気がもれる。ヒューヒューと玩具の笛を鳴らすような呼吸。人間の限界に挑戦するかのように、異物はその質量を増していく。少女の小さな顎を粉微塵に打ち砕き、喉奥を突き破らんばかりに。



 ドスンと。乱暴に降ろされた。人形を無造作に廃棄するかのように、四つんばいに打ち捨てられる。膝と顎。二箇所に軽症の擦り傷が出来る。惨め過ぎて、前が見えなかった。涙が溢れそうになる。

「じゃぁ…………やっちゃって」

 残酷な宣告に合わせて闇が蠢く。ショーツに浮き出た一本筋の陰影を捕らえ、勢いよく突刺する。

「ぁぁぁぁぁぁぁ」

 プツリと、少女は自身の肉が裂かれる音を聞いた。痛みはさほどでもない、死を友とする魔術師ならば。だが、人ですらない蟲に処女を奪われた絶望たるや。胎内の肉襞を無数の蝿で嬲られる感覚、冷たさが先立つ異物感、溢れ出した処女血を闇が啜る感覚。想像していたよりも、ずっとおぞましかった、純粋恐怖だった。

「あれれ? 姉さんってば、処女だったんですかぁ……クスッ、かわいー」

 平坦な口調で、さも愉しげに語る影の声。

「カハっ……」

 反射的な悲鳴が喉から漏れる。胎内を貫く闇が前後から肉壁を擦り合わせた。ゴリゴリとありえない異音を奏でる腹部。闇が顫動する動きのまま、凸凹に下腹部が膨らみ戻る。直視するに耐えない光景。自身の肉体が変形する様を、少女は呆けたように見つめ続ける。

「……ナニ、これ」
「お腹一杯、頬張っちゃって……食いしん坊ーですねぇ、姉さんは」

 コロコロと謳うように影は笑う、嗤う、ワラウ。
 完璧だった姉。憧れていた姉。手の届かない場所に居た姉。怨嗟の声を背に影の少女は静かに思う。姉の足首を掴み、堕とす事がこんなにも心地よいと知っていたならば。初めからそうしていたのに、と。

「……もっと。もっともっともっともっともっともーーーーっと遊んであげますから、愉しみにしていてクダサイね、姉さん」

 そう言って無邪気に嗤った。















 如何程の時が流れたであろうか。闇色の天幕で覆われた世界に変化は起こらない。ただ、見渡す限り寒い黒色が広がるばかり。

 闇に天という概念があるとすれば、それはまさに暗中にある天だった。黒一色の世界に裂け目がはいり、数条の光と共に異物が落下してくる。そんな状況を、少女はガラス玉を映した瞳で注視していた。血の紅と汗と埃で彩色された異物は、闇に包まれたまま、ゆっくりゆっくり落下してくる。
 いたわる様に、そっと闇色の床に寝かされる異物。

「あ、しろうだぁ」

 白痴じみた声で、少女は傷だらけの知己を迎えた。










 蟲たちの宴は続く。贄を継ぎ足して肉の宴は踊り狂う。

 止まらない、止められない。

 クルクル、クルクル。

 くるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくる。
 
 狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂。










 BAD END

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